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林秀毅の欧州経済・金融リポート

ブレグジットと日欧EPA ―国際的データルールの形成へ―

 

2019/02/12

本レポートでは、主に日本企業の視点から、ブレグジット、日欧EPA、国際的なデータルール作りという三つのテーマについて、互いに関連付けながら検討を進めたい。

ブレグジットの矛盾と企業の対応

ブレグジットの混迷が一段と深まっている。この問題の根底にあるのは、ブレグジット自体が抱える、以下のような根本的な矛盾だ(注1)。

(1)英国が移民などの移動の自由を制限しながら、単一市場との自由貿易を維持しようとしていること。

(2)英国が離脱後も北アイルランドとの主権国家としての一体性を維持しつつ、北アイルランドとアイルランド共和国の自由な通行を維持しようとしていること。

(3)それにもかかわらず、現時点でも、英国の全ての会派がノーディールは避けるべきと考えていること。

上記(1)(2)のように、当初の段階から指摘されていた相矛盾する要求(=いいとこ取り)を変えないまま、(3)のようにEUとの間で何らかの合意に至るためには、先般否決された協定案のように、(当初の時点ではいろいろと条件を付けながらも)結局は英国全体が関税同盟に残留せざるを得なくなる。

この点は、突き詰めれば「ブレグジット交渉により、英国がEUからいいとこ取りあるいは特別扱いを引出す目的が失敗に終わった」ことを意味する。言い換えれば、上に述べた矛盾は、いつかは表面化せざるを得ない。

「これではそもそもブレグジットを始めた意味がない、したがってこのような妥協案には応じられない」というロジックが1月15日の協定案否決の背後にあったとしても、それは結果論にすぎない。

現状、誰もが望まないノーディールを回避するとすれば、英国に残された選択肢は、いわゆるノルウェープラス案による離脱か、離脱の撤回かという(そもそもあまり大差のない)二つであることが次第に明らかになっているためだ。

この背景として、英議会下院による協定案の否決を受け、EU側ではノーディールの場合に備えた税関などの実務的な対応が矢継ぎ早に打ち出されている(注2)。これによって、EUにとってもノーディールは望ましいことではないが、仮にそうなっても対応できるという備えあるいは体制が示されつつあるといえる。

そのため「最悪の場合はノーディールも辞さない」とする、EU側によるコミットメントの信憑性は現状強くなっている、といわざるを得ない。

一方、ノーディールの現実性が高まったことにより、これまで英国でビジネスを行ってきたグローバル企業は、最終的にはノーディールは回避されるだろうと考えているとしても、英国外への移転や部品在庫の積み増しなどを加速させざるを得ない。

その影響は、雇用悪化、コスト転嫁による物価上昇などさまざまな形で英国民に及び「離脱の結果はこんなはずではなかった」という声が一段と高まるだろう。

それではこのような現状から、今後事態はどのように推移していくだろうか。

英下院議会による協定案否決を受け、2月に入ってメイ首相が協定案についてEUに協定案の見直しを持ちかけているが、以上のように考えれば、EUが条件交渉に応じる余地はない。

一方、ノーディ―ルは英国だけでなくEUにとっても避けたい事態である。そのため、英国内の政治情勢が何も決められない状態であっても、3月の離脱期限の時点では、EUはさしあたり交渉延長に応じる可能性が高い。

しかし延長した場合でも先に述べた通り、EUが条件を軟化させることにはつながらない。そのため英国側で、上に述べたような現実に直面し世論が変化したうえでノルウェープラスまたは離脱撤回の方向に政策を転換せざるを得なくなるだろう。

英政権にとっては基本的な政策変更となるため、この時点で政治家としてのメイ首相の決断が問われることになる。

英国の政治家であれば、さらに政権継続の可能性を求め国民投票という賭けに打って出るより、「英国にとって最大の不利益につながりかねないノーディ―ルを回避し、ブレグジットの混乱を収拾した」という政治的な名声が歴史に刻まれることを確認した上で、後任に道を譲ることを選択するのではないか。

ブレグジットと日欧EPAの関係

以上のようなブレグジットをめぐる推移は、2月1日に日欧EPA(正式名称は「日EU経済連携協定」)が発効に至った経緯とも関連している。

即ち、日欧EPAが2018年7月に調印に至った背景として、双方とも米国の一国主義に対抗して自由貿易を維持したいと考えていること、欧州側ではブレグジットに対し「EU27」で結束を固め前向きな課題に取り組むことに加え、日本側では英国のEU離脱期限である2019年3月29日が念頭に置かれていたという見方がある。

即ち、EPAは調印後発効までに通常、双方の議会手続などに約半年必要となるため、英国の離脱前に日欧EPAが発効すれば、少なくとも2020年末までの経過期間は英国と日本の間で日欧EPAが適用される可能性が高く、混乱が回避されることが期待されていた。

実際に日欧EPAが2月1日に発効したことを受け、(仮にノーディ―ルとなれば話は別だが)離脱が延期になった場合は、日本を含む対外的な関係についても、上記の経過期間についての議論を待つことなく、当面EU内に留まることになる。

日欧EPA とTPP11:国際的なデータルールの形成へ

日欧EPAを昨年12月30日に発効したTPP11と比較すると、特恵関税の適用を受けるための原産地規則について、例えば日本企業が輸入する場合、相手地域内の生産工程についての累積や輸入者の自己申告制度を認めることによって利用しやすくなったという共通点がある(注3)。

さらに、日欧EPAでは、欧州域内への投資や企業関係者による移動・滞在のルール明確化、営業ノウハウや技術など知的所有権の保護などが期待され、欧州に投資を行う企業にとってフレンドリーな内容となっている(注4)。

一方、電子商取引(EC)の分野で議論されたデータ移転の自由とデータの保護については、TPP11では協定内で広く認められたのに対し、日欧EPAでは現時点ではやや部分的な規定にとどまっている。

これは、欧州では従来から個人情報保護を人権の一部として重視しており、昨年5月にEUにより施行した一般データ保護規則(GDPR)の枠内で、日欧間についてもデータの流通と保護についてEPAと並行して議論してきた経緯があるためだ。

GDPRは自らのルールを世界標準とすることにより米国などに対抗しようとするEUにとって、最近では数少ない成功例といえる。これらの延長線上で、日欧間で国際的なデータルールの形成を進める動きが浮かび上がってきた。

そこで先ず念頭に置かれているのは、データ保護よりデータの活用を重視する米国のGAFA、国家と結びついてデータを蓄積する中国の巨大企業だが、議論はさらにサイバー攻撃を中心とした安全保障面の日欧協力まで広がりを見せている。

ここでも先ず中国に対抗することが想定されているが、さらに欧州ではロシアのサーバー攻撃への警戒感が非常に強い。

筆者は安全保障分野の専門家ではないが、産業・安全保障の両面で、報道ベースだけでも、1月のダボス会議で日本からデータの自由な流通のためのルール作りが提言され、今月に入り、メルケル独首相の来日時には日独で機密情報を交換する枠組を創ること、より広く先進国間でサイバー攻撃に対処する取り組みなどが伝えられている。

今後6月のG20へ向け、以上の延長線上で、「大阪トラック」とも呼ばれる合意が具体的に形成されていくかどうかが注目される。

以上の点について、冒頭述べたブレグジット交渉との関係を考えると、離脱後のEUと英国の安全保障協力について一応、議論の対象となっているが、安全保障問題は、ブレグジットの広範な分野にわたる交渉の中で「やや埋没気味」と言われている。

この分野で英国の能力が高いことは認めざるをえないため、EUが英国との交渉上不利にならないよう、あえてこの点に重点を置かない戦略を取っているようにさえ感じられる。

しかし以上の観点からも、英国とEUの協力関係は実はそれほど簡単に断ち切ることはできないのではないか。

(注)
1.クレイグ・オリヴァー「ブレグジット秘録」 (江口康子訳,光文社,2017年9月) キャメロン政権の政務広報官だった著者は、最終章の結末で(強硬な離脱派の圧力と残留派議員や財界からの断固たる要望の間で)「メイもその板挟みになる時が必ずやって来る。その両方を満たすことはできない。」と予言している。
2. Jean Pisani-Ferry,’What does a possible no-deal Brexit mean?’(Bruegel,Opinion, 2019年2月)
3.「TPP協定と比較した場合の日EU・EPAの特徴」(ジェトロ、2018年2月)  尚、ジェトロは日欧EPA・TPP11の双方について、上記以外にも実務面で詳細な情報 提供を行っている。
4. André Sapir他,’The EU-Japan Economic Partnership Agreement’(Bruegel,External Publication, 2018年10月)

2019年の欧州は、域内外に多くの懸案を抱えながら、年後半にかけ首脳人事の交代を迎えます。刻々変化する諸問題の現状と展望を的確にお伝えしたいと思います。(毎月1回 10日頃掲載予定)。

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