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林秀毅の欧州経済・金融リポート

トルコと欧州:危機は波及するか-対米関係・難民流入・Brexitとの比較-

 

2018/09/10

 トルコの危機的な状況が続いている。以下、トルコの国内情勢、欧州との密接な関係、世界の地政学的な状況の三点について検討した後、結論として今後の展開について述べることにしたい。

米国の経済制裁とトルコ国内の混乱

 今回、危機の直接の引き金になったのは、8月初め、米国トランプ大統領がトルコに対し、米国人牧師の人質解放を求め、トルコ政府の重要閣僚に対する経済制裁を発表したことだ。NATOに加盟する同盟国であるトルコに対し唐突に制裁措置が採られたことが、金融市場に大きなショックを与えた。

 しかし、仮にこの措置がなかったにしても、遅かれ早かれトルコ経済が窮地に陥っていたことは明らかだ。今年6月、トルコのエルドアン大統領が総選挙で勝利し独裁色を一層強める一方、経済面では国民の人気を維持するため、景気刺激的な政策を続けた。このことが、景気過熱、インフレ懸念の高まり、通貨の急落という経路を通じて、現在の危機につながっている。

 この点、政治アナリストのイアン・ブレマー氏は、新著「対立の世紀」の中で、トルコについて、エルドアン政権下で当初、経済運営が比較的うまくいったことが驕りにつながり、その後の政治的・経済的混乱を招いたと警鐘を鳴らしている(注1)。

トルコと欧州の密接な関係:難民問題が焦点に

 次に、トルコと欧州との関係について考えると、第一に、トルコに対し欧州の金融機関が持つ債権の額は比較的少なく対応可能な範囲内であるという見方が、欧州現地では多い(注2)。

しかし第二に、貿易面では、トルコと欧州は、長く密接な関係を維持してきた。EUはトルコにとって圧倒的に最大の輸出及び輸入相手国である。

 トルコとEUの間では、1995年12月末に「関税同盟」が発効している(注3)。自動車を中心とした日本企業が、この「関税同盟」を活用し、トルコに欧州向け輸出の現地生産拠点を展開していることが、よく知られている。

 第三に、政治・社会面では、トルコ・エーゲ海経由で欧州に向けた大量の難民流入を食い止めるため、2015年11月に「EU・トルコ共同行動計画(Joint Action Plan with Turkey)」が策定された。翌2016年3月に「EU・トルコ声明」により、EUが費用を負担し難民をトルコに送還することなどを定めると、トルコ・エーゲ海経由の難民流入は激減した(注4)。

 この措置により、その後、リビア・地中海経由でイタリアを中心とした南欧に流入する難民が増え、イタリアでポピュリスト政権が成立し、EU首脳会議を混乱に陥れた(注5)。

 以上のように考えると、EUから見れば、仮にトルコ危機の直接的な影響が大きくない場合でも、トルコ国内の政治的・経済的安定が保たれることは、難民流入を食い止めるという非常に重要な意味を持つと言える。

地政学的な環境:ロシアか欧州か

 最後に、トルコを取り巻く地政学的な環境について検討したい。

 トルコは1923年の独立以来、欧米をモデルとした西洋化政策を採り、イスラム諸国の中では穏健派に属していた。さらに、第二次大戦後の冷戦期には、地理的な重要性もあり、NATOに加盟する西側諸国の一員としての役割を果たしてきた。

 冒頭述べたトランプ氏による経済制裁決定には、このように長く続いたトルコと欧米の関係を覆しかねない危うさがある。またこの点と関連し、トルコが、実質的に米国の承認が必要とされているIMFによる救済を受けることも容易ではなくなっている。

 一方、ロシアとの関係は、以上のような第二次大戦後の東西対立だけでなく、さらに遡り、南下政策を取るロシアとの歴史的な対立にも遡る。

 現在、シリア情勢を巡り、アサド現政権を支援するロシアと、シリア国内でクルド人が独立しトルコにも影響が及ぶことを警戒するトルコとの間では、両国の利害が一致する局面が生じている。

 しかし対立関係が長く続いたロシアに対し、経済的な支援を求めプーチン大統領に「借り」を作ることは、エルドアン大統領にとっては考えにくい選択肢だ。

 以上のように考えると、今後、トルコが経済・金融面で救済を求める場合、欧州が最も現実的な相手ということになるだろう。

今後の展開:トルコ救済とBrexitは対照的

 以上のようなトルコの思惑は、欧州の利害とも一致している。先に述べた通り、トルコとEUは関税同盟を締結している。一方、トルコは1999年にEUに対し加盟申請を行い加盟交渉が始まった。しかし、実際には加盟への道は遠く、現在は「永遠の加盟候補国」とみられている。

 (図1)は、トルコとEUが互いに対して取り得る戦略の組み合わせを概念図として考えたものである。縦軸はトルコ、横軸はEUの戦略を示している。また、「要求」とは自らの意思を主張すること、「協調」とは相手の要求に応じることである、としておこう。

 トルコがEU加盟を求めても、イスラム圏の大国である上に国内のクルド人に対する取り扱いなどEUとして譲れない人権問題を抱える国の加盟を認めるわけにはいかない。

 これに対し、トルコをEU外に留めながら、経済的な利益を与え関係を維持しようという妥協の産物が、先述の「関税同盟」であると考えることができる。

 さらに、EUとして何とか難民の流入を止めたいという意向に対し、トルコとしては経済的なメリットに加えEUに「貸し」を作ることができると考え「EU・トルコ声明」による難民足止めを受け入れた。

 以上のような、今後「トルコが欧州の救済によって安定化する」というシナリオは、他の選択肢よりも不利益が少ないだけでなく、これまでに行ってきた互いの妥協を維持するという意味でも、両者の利害が一致するものだ。

 ここで欧州の中で最も注目されるのは、ドイツの動向だろう。エルドアン大統領は、ドイツの政府関係者などを「ナチ」呼ばわりすることもあったと伝えられるが、2015年の百万人を超える難民流入により、政治的・社会的にも混乱したドイツにとっては、引き続き、トルコで難民流入を足止めしておく動機付けは非常に大きい。

 8月末には、ドイツがトルコ向け金融支援を準備しているという現地報道がなされている。ドイツを中心としたEU各国が自由貿易のあり方をめぐって米国と対立していることも、後押し材料になるはずだ。

 尚、(図2)では、トルコ救済問題と比較する形で、Brexitについて検討している。縦軸は英国、横軸はEUの戦略を示している。また、「協調」と「要求」という戦略の位置が、(図1)とは逆になっている。

 先ず、本来は英国・EU共に、2019年3月30日の離脱時に、何ら合意のない状態は不利益であると考え、一旦、互いが協調し「暫定合意」に至っても、英国が様々なロジックにより単一市場へのアクセスの機会を図り、EUが妥協すれば英国の「いい所取り」となるが、現状、EUがそのような妥協に応じる気配はない。同時に、EU離脱により英国が(アイルランド国境の設定を含む)単一市場からの退出を一旦認めた上で、新たな交渉を始めるという選択については、現実に残された時間の猶予が無くなりつつある。そのため、本来は双方が望まないはずの「クリフエッジ」が現実味を帯びてきた、ということだろう。


(注1)イアン・ブレマー「対立の世紀」(2018年6月、日本経済新聞出版社)
(注2)’What should the EU do about the Turkish currency crisis?’ (Blog Post, Bruegel,August 14, 2018)
(注3)European Commission,Directorate-General for Trade,’Countries and regions,Turkey’
(注4)林 秀毅「欧州の反グローバリズムをどう考えるか」(「統計」2017年12月号、日本統計協会)
(注5)本レポート「イタリア危機の可能性は高まっているか」(2018年7月)


2018年は、ブレグジット交渉が正念場を迎える一方、ECBによる量的緩和政策の修正は一段と進むと考えられます。本レポートでは、欧州政治・経済の展望をバランス良く展望していきます。(毎月1回 10日頃掲載予定)。