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林秀毅の欧州経済・金融リポート

欧州はAIにどう取り組んでいるか-雇用・GDPR・法人格-

 

2018/12/10

 人工知能(AI)は社会にどのような変化をもたらし、それにどう対処すべきか。 本年4月、欧州委員会は「欧州のための人工知能」と題する報告を発表し、AIの活用に関する3つの柱を提案した(注1)。以下、この3点に沿って、AIに関する欧州当局の考え方と、これに関連する議論を紹介したい。

AIによる「デジタル欧州単一市場」の実現

 先ず、第一の柱として欧州におけるAI技術の水準が米中に後れを取っているという現状認識の下、欧州レベルで各国間及び官民の協力による技術力の向上が掲げられている。

 欧州委員会はヒト・モノ・カネが自由に移動する「欧州単一市場」のデジタル化を重要目標として掲げている。それを実現するための有力な手段として、AIに対するEUレベルの研究・開発投資を2000年末までに70%増額し、官民全体の協力により、今後10年間で200億ユーロの新たな投資を行う。

 一方、投資の内容には、欧州内で誰もが利用できる「AIオンデマンドプラットホーム」の構築を含んでいる。言い換えれば、EU予算を使いつつ官民協力のプロジェクトを組み、その成果は域内の中小企業や一般市民に広く還元する。

 以上のようなEU予算を投じる取り組みは、欧州の市民の側からみれば「我々の税金を使っているのだから、投資の効果として雇用の増加を生むべき」という考えにつながる。この点について、次節で検討することにしたい。

デジタルスキルの向上か、仕事の「両極化」か

 第二の指針は、AIによりもたらされる社会経済の変化に備えることである。その中心は言うまでもなく雇用への影響だ。

 AIの普及により、ある仕事はなくなり、新たな仕事が生まれ、殆どの仕事は何らかの形で変化する。

 EU各国の労働政策・教育政策の分野において、欧州委員会は、市民のデジタルスキル、さらにその基礎となる「STEM」(科学・技術・工学・数学)の能力を身に着けることを支援する。

 一方、この点に関し、ブリュッセルのシンクタンク・ブリューゲルのレポートによれば、技術に対するイノベーションは労働に対し、①労働者が行っていたタスクに直接的に置き換わる代替的効果(displacement effect)、②技術の向上により生じあるいは増加する労働需要を増やす生産性効果(productivity effect)の二種類があるとしている(注2)。

 その上で、新たな技術の登場によって取って代わられるのは頭脳的であれ肉体的であれ、日常的なルーティンワークであり、仕事を失うのは現在、こうしたルーティンワークを担っている中間層である。これに対し、高給の頭脳労働、特段のスキルを必要としない未熟練の肉体労働への需要は高まる「仕事の両極化」という考え方が紹介されている。

 以上の見方に立つと、先に述べた市民全体に対するデジタルスキルを高めるという政策手段が適当ないし十分か、という点が問題になってくるだろう。最も雇用に対する悪影響の強い中間層に絞った追加的な措置が採られるべきではないか。

GDPRとの関係、AIに法人格を与えるべきか

 最後に、AIを用いた意思決定やそれによって生じた事故についてのルールや責任について、倫理的・法律的に適切な枠組みをどう考えるか、という問題が生じる。

 今年5月に適用開始されたEUによる一般データ保護規則(GDPR)は、欧州委員会がAIに基づいたアプリケーションの法律的な透明性を確認するための重要なステップと位置付けられている。

 即ち、欧州では個人情報保護は、市民の人権保護の中心にあると考えられている。その好例がGDPRの中にある「AIなどを含む自動処理のみによって重要な決定を下されない権利」(22条)である(注3)。

 倫理的・法律的な問題は、欧州委員会により選ばれた52名の各分野の専門家により構成された「ハイレベルグループ」による検討対象になっている。同時に、国内でも既に報道されているように、欧州議会側でも今年11月、「良きAI社会」の実現を目指し、人間の社会・権利を守ることを主眼にした報告書案を公表している。

 今後について欧州委員会は、先ず2018年末までにAI倫理のガイドラインを提示し、2019年半ばまでに製造物責任指令に対する解釈に関するガイダンス案を提示する予定だ。ここで、以上の倫理及び法律上の問題に関して特に問題になるのは、AIに法人格を与えるべきかどうかという点だ。

 今年11月、東京で日独仏の公的な科学研究機関の共催により、AIシンポジウムが開催された。ドイツ人弁護士から、機能的なアプローチにより、個々の取引やケースについて必要なかぎりAIに部分的な法人格を認めていくべきという考え方が提案された(注4)。

 さらに筆者からの質問に対し、この考え方はフィンテックに関して特に有効であると指摘された。金融取引は様々なレベルの取引から成り立っているため、カテゴリー分けして取り扱いやすいためだ。

 ここでは、過去に会社組織が発達した時に、自然人に対し「法人」という概念が形成されたこと、新生児をどの時点から人間と認めるかについて、相続など法的な必要性に応じて機能的に考えることなどが参考として紹介された。

 この点については、日本国内でも、法人は「法律の規定によらなければ、成立しない」ため、法人にならってAIについても公示制度などを整えるべき、といった提言がなされている(注5)。

日本への示唆:「汎用AI」と現実的な対応

 一方、日本ではより長期的な観点から、特定の作業に限らず、人間並みあるいはそれ以上の能力を持つ「汎用AI」などが現実になる「シンギュラリティ」は何時やってくるかといった点に関心が向きがちだ。

 しかし、例えば国内のAI専門家は、ファイナンス分野で利用されている人工知能技術は、「あくまで人間の能力を個別に拡張するツールに過ぎない」として上で、今後は、「個々の人工知能技術を複数組み合わせることで、複雑な状況にも対応できるよう高度化を進めることが望まれる」と述べている(注6)。

 そう考えれば、先に述べた欧州の検討は、あくまで人間を中心にAIをツールとして活用するという前提で、必要に応じ倫理的・法律的に規制を掛けていくという現実的な対応といえるだろう。

 具体的には、①市民のデジタルスキルを高め、②雇用環境の変化にも対処し、③個人情報保護を中心とした個人の権利擁護を重視するという考え方は、日本独自のデジタルリテラシー、雇用環境、権利意識に配慮する必要はあるが、人間とAIの協調を図るために必要な規制を行っていく、という考え方は、比較的受け入れられやすいのではないか。

 今般、R.ボールドウィン・ジュネーブ国際高等問題研究所教授は日本経済研究センターの講演で、貿易コストに加え情報コストの低下により新たなグローバリゼーションが進んでいると述べた(注7)。そうであれば、AIの力も得てこのようなコストの低下を求めるアービトラージ(裁定行動)が進み一体化した世界は、想定外のリスクに対し一層不安定化しやすくなるため、AI規制にとどまらず、国際的な協調の必要性が高まっていくだろう。


(注1)European Commission, ’Artificial Intelligence for Europe ’ (April,2018)
(注2)Georgios Petropoulos, ’The Impact of Artificial Intelligence on Employment’(Bruegel, July 2018)
尚、本年8月の本レポート「ロボットが欧州の労働に与える影響-米国との比較・規制対応・今後の展望-」では、これと同様にロボットの導入が雇用に与える影響を「代替効果」と「生産性効果」に分けるという考え方を紹介している。
(注3)山本龍彦「ロボット・AIは人間の尊厳を奪うか?」(「ロボット・AIと法」第4章、有斐閣、2018年4月)
(注4)Dr.Jan-Erik Schirmer ’Autonomous Agents as legal Persons? Functional Approach’ (Artificial Intelligence-International Research and Applications,1st Japanese-German-French DWIH Symposium, Nov 2018)
(注5)栗田昌裕「AIと人格」(「AIと憲法」第4章、日本経済新聞出版社、2018年4月)
(注6)和泉潔「ビッグデータと人工知能を用いたファイナンス研究の潮流」(ファイナンス・ワークショップ「ビッグデータと人工知能を用いたファイナンス研究の展開」の模様、Discussion Paper No. 2018-J-8、日本銀行金融研究所、2018年5月)
(注7)リチャード・ボールドウィン「グローバル化、AI・ロボット化、そして働き方の未来」(日本経済研究センター講演、2018年12月)

2018年は、ブレグジット交渉が正念場を迎える一方、ECBによる量的緩和政策の修正は一段と進むと考えられます。本レポートでは、欧州政治・経済の展望をバランス良く展望していきます。(毎月1回 10日頃掲載予定)。

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