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林秀毅の欧州経済・金融リポート

2019年・欧州最大のリスクは何か―イタリア・ブレグジット・米欧関係―

 

2019/01/11

はじめに:2019年の欧州は危機か、停滞か

 2019年の1年間、欧州ではどのようなリスクが表面化し対処がなされていくだろうか。

 本レポートでは、この点について、前半では欧州域内、後半では欧州から見た対外的側面から検討したい。

 先ず、欧州域内では、イタリア財政・ブレグジットといった年前半に意識されるリスクは一旦妥協・先送りされる。年後半にかけ、EU首脳の交代人事と主要国の選挙により、政策遂行能力が低下する可能性が高い。そのため、今年の欧州は、問題が危機につながるというより、政策の停滞と組織の機能不全が目立つ年になるだろう。

 有力政治アナリスト・イアン・ブレマー氏は、今般発表した2019年の「10大リスク」で欧州は他の地域と同様に緊急事態にはならないが、(共通財政予算など)大きな欧州統合プロジェクトを進める力は弱まるだろうと述べている(注1)。

 次に、欧州域外では、現在は米中対立に隠れて見えにくいトランプ米大統領の通商・安全保障政策の影響が、欧州に対し表面化するだろう。

 欧州域内外における2019年の最大のリスクは、通商・産業と安全保障が結びつけられた 「米中冷戦」開始後の米欧関係にある。この状況では、欧州は総論では米国と共同歩調を採らざるを得ないが、各論では米国との間で多くの争点を抱えているためである。

1.イタリアの財政規律と欧州中銀

 イタリアのポピュリスト連立政権が年末に提出した2019年度の予算案は、当初財政赤字が過大であるとして欧州委員会から拒否されたが、その後、赤字幅を2.6%まで縮小して結局は承認された。

 年明け以降、イタリアの10年国債利回りは2.8%まで小幅上昇したが、昨年秋、大幅な財政赤字を生む当初の予算計画が表面化した頃の3%台後半という水準と比較すれば、上昇の度合いは小さい。

 先ず、世界全体でみても市場が不安定性を増し、イタリア国債市場からの資金逃避による利回り上昇につながらず、むしろリスク回避の国債買いにつながっている可能性がある。

 また、欧州委員会の財政予算案への対応からも「大きすぎてつぶせない」存在であることが確認された上に、その後フランスが財政赤字のGDP比が3%を超えることが明らかになった。即ち、短期的には妥協により一旦事態は収束したが、それと引き換えに長期的に見て欧州各国の財政規律への市場の信認は大きく低下したと言わざるを得ない。

 かつてのユーロ危機時にESM(欧州安定メカニズム)のような常設のEU機関が設立され、ECBから緊急的な資金供給が実施されたこともあるだろう。

 ここで問題となるのは、今年後半、10月末に、ドラギECB総裁が任期を終え、新総裁が舵取りをすることだ。筆者は従来、ドイツのバイトマン氏が最有力とされていた時期から、政策姿勢の柔軟さが欠けることを理由に同氏の就任可能性は低いと考えてきた。

 現時点の最有力候補はリーカネン・フィンランド中銀総裁となろうが、この場合でもドラギ前総裁のように就任当初から市場との対話を進め効果的な政策を大胆に実行することは容易ではないだろう。

 新総裁が一方で金融政策においてユーロ圏景気の減速が進む中で利上げ再開タイミングを検討し、一方で財政規律の緩みという本来自分の守備範囲でない問題に対処するという難題に市場と対話を行いながら取り組んで行けるか、という点が注視される。

2.ブレグジット交渉の停滞と現実的な選択肢

 次に、英国・EU間の交渉とこれを受けた英国内の承認手続きが進まない一方、昨年12月、英国裁判所が離脱通告の撤回を認めたため、離脱期限が近付く中、現地メディアではむしろ今後のさまざまな選択肢が議論されるに至った、という背景がある。

 昨年12月、メイ首相がEUと合意したいわゆる「メイ・ディ―ル」は、英国の一体性を維持しながら、その一部である北アイルランドと、アイルランド共和国を含むEUとの間でこれまで通りヒトとモノの自由な往来を維持しようという狙いだった。

 EUは英国政府を信用せず、この交渉合意が2020年末までの延長期間内に合意できると見ていなかったため、合意に達するまでは英国全体がEUと単一関税を維持するという「安全網(バックスストップ)」が定められた。

 しかし、昨年末のブリューゲルのレポートによれば、改めて英国内で同意を得られる選択肢は、「ノー・ディ―ル」は避けるべき、ということだけだ。そうだとすれば、この点を争点として国民投票で信を問い合意を取った上で、EUとの交渉に臨むべきという提案だ。

 即ち、この選択肢を除いて国民投票を行っても、再びどちらに転ぶかわからない不確かさと、いずれの結果になっても僅差となるリスクが残るだけだろう。

 その一方で、仮に国民投票で期待通りの結果が得られたとしても、その後、期限内に交渉が決着する保証はなく、2019年の間は、結局、英国・EU双方にとって不利益をもたらす「ノー・ディ―ル」を避けるのみで、英国側の政権交代による根本的な体制変化を待つしかなくなるのではないか

3.欧州議会選挙から新欧州委員会へ:ポピュリズム勢力の伸長

 今年前半、5月下旬に、欧州議会選挙が実施される。ここで第一に、有権者が欧州議会選挙の争点は、従来から欧州レベルの問題ではなく、各国毎の政治・経済状況などが反映されがちである。

 イアン・ブレマー氏は、今年の「10大リスク」の4番目に「欧州のポピュリズム」を挙げ、保守政党とポピュリズム政党の得票比率が前回2014年には「72:28」だったが、今回は「63:37」までポピュリズム政党が大きく議席を伸ばすと予測している。

 第二に、欧州議会が従来から、議席を獲得したポピュリスト政党にとって資金源になっているという指摘がある。欧州議会でポピュリズム政党が議席を伸ばした場合、各国内のポピュリズム政党に選挙資金が回るという「好循環」が生まれる可能性がある。特に今年秋、ドイツでAfD(ドイツのための選択肢)の地盤である旧東独地域で、ザクセン州を初めとする三州で地方選挙が実施されることには要警戒だろう。

 第三に、欧州議会で次期欧州委員長が指名され、議会選挙から6カ月後に就任し、5年間の任期を務めることになる。現時点ではキリスト教系保守の欧州人民党(EPP)の勝利を前提に、ドイツ人のウェーバー党首の委員長就任が予想されているが、上に述べた選挙結果による影響に注意が必要である。

 またユンケル現委員長は政治的に剛腕で知られブレグジット交渉などで手腕を発揮したが、ウェーバー氏が就任した場合の政治手腕が未知数との声もある。トゥスク常任議長(EU大統領)、外務・安全保障政策を担当する上級代表も交代する。

4.「米中冷戦」開始後の米欧関係(1):通商交渉

 昨年11月の本レポートでも述べたが、EUのブレーン的な役割を持つブリュッセルのシンクタンク・ブリューゲルによれば、米国・中国及び(欧州・日本を含む)「その他G7の緩やかな連合」の三者の間で「三つのゲーム」が進行している(注2)。

 三つのゲームとは、米国が二国間交渉により自国の利益を引き上げる「WTOによる多国間の合意枠組みを破るゲーム」、中国企業が知的財産を海外から取り込むことに政府が直接・間接の補助を行うことを批判する「中国に規律を与えるゲーム」、現場を覇権国・米国と挑戦国・中国の地政学的な争いと考える「巻き返し・撃退ゲーム」である。

 これら三つのゲームは互いに関係しあっており、特に今年10月のペンス米副大統領演説以降、米・中・その他主要国の間で、米中間の対立は単なる貿易戦争ではなく、安全保障分野を包括した覇権争いであるとする認識が高まってきた

 一方、米国との環大西洋貿易投資協定(TTIP)交渉は2017年初頭を最後に実質的に中断されており、対中国でも自由貿易協定の先駆けとなる投資協定の交渉が継続されているものの、同協定締結の目途は立っていない(注3)。

 昨年末、米国通商代表部による交渉方針が整い、少なくとも手続き上は1月中旬には米国と欧州(EU)・日本との通商交渉が開始可能になる見込みである。

 ここで米中間の対立が単なる貿易戦争ではなく安全保障をめぐる覇権争いであるという認識の下では、欧州は中国ではなく、民主主義など基本的な価値観を共有する米国側につく基本戦略を取らざるを得ない。そのため、少なくとも短期的には今後の通商交渉などで米国に妥協せざるを得なくなるだろう。

5.「米中冷戦」開始後の米欧関係(2):個人データ保護とデジタル課税問題

 一方、技術・データに関する政策については、欧州における関連産業の競争力維持と、個人情報保護を重視する欧州の価値観という観点から、米国との利害も対立する。

 元々、EUは、データ政策に関し、個人情報保護を基本的人権の一部として重視し、グーグルに代表される米国がデータは社会的な公共財であり広く活用されるべきと考えている点とは基本思想が決定的に異なっている。

 昨年5月にEUにより施行された一般データ保護規則(GDPR)が、「個人情報保護を基本的人権の表れとして重視する」という欧州の考え方を世界に浸透させつつある。

EUとしてはこの成功の延長線上で、さらにデジタル課税についてEUレベルの議論を継続し2019年3月までに合意するとしている。

 具体的には、GAFAを中心とした米国企業を標的としたネットサービスの売上などに課税するデジタル課税の議論は、EU及びフランスなどの主要国双方のレベルで議論されている。

 アイルランドを始め、現状からメリットを得ている国の反対により、短期間で合意に至る可能性は低いのではないか。

 そのため、来年初以降、国内の税制改革が難航し事態の打開を図りたいフランスなどの個別国が先行する形で、徐々に制度が広がることになるだろう(注4)。

6.「米中冷戦」開始後の米欧関係(3): 安全保障問題

 最後に、欧州レベルの安全保障政策については、「NATO及び米国に依存しない欧州独自の戦略構築」は欧州の長年の課題であり、2017年11月「常設軍事協力枠組み(PESCO)」がEU加盟国23カ国の間で合意された(注5)。

 これを受け、最近にかけてもフランスとドイツを中心に「欧州軍」の創設が議論されている。しかし、PESCOは加盟国が侵略された場合に対抗する措置を採るものではなく、現状から「欧州軍」の段階に引き上げることは容易ではないと思われる(注6)。

 以上のように考えると、欧州・EUから見た貿易、技術・データ、軍事の各分野における政策対応については、短期的には米国と対立する面も多いが、結局は米国との妥協点を探って行かざるを得ないと考えられる。


(注)
1.Ian Bremmer and Cliff Kupmann,’Top Risks 2019’ (Eurasia Group,2019年1月)
 尚、イアン・ブレマー氏らによるこの報告は1月7日の公表であり、同時期に作成した本レポートと「今年の欧州では、危機の表面化というより、政策の停滞と機能不全が進む」という結論でほぼ一致している。
2. Jean Pisani-Ferry,’The global economy’s three games’(Bruegel,Opinion, 2018年10月)
3.’EU and US publish TTIP state of play assessment’(European Commission,2017年1月)
4.’European GAFA tax:a solid basis for an agreement by all 27 Member States’(フランス政府HP,2018年12月)
5.渡邊啓貴「アメリカとヨーロッパ―揺れる同盟の80年」(中公新書、2018年8月)
6. Macron’s ‘European army’ : why is everyone talking about it? (eurobserver, 2018年11月)


2019年の欧州は、域内外に多くの懸案を抱えながら、年後半にかけ首脳人事の交代を迎えます。刻々変化する諸問題の現状と展望を的確にお伝えしたいと思います。(毎月1回 10日頃掲載予定)。

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