欧州は中国をどう見ているか―「一帯一路」、米中貿易戦争、Brexit―
2018/11/12
欧州は、中国の「一帯一路」構想による投資攻勢、米中貿易戦争の激化など、中国との関係をどう見ているだろうか。本レポートでは、この問いについて、欧州全体と独・英という主要国の二つのレベルで検討したい。
予め結論を述べると、欧州の中国に対する見方は、欧州の主要国別に見れば利害を異にして濃淡があるものの、欧州全体としての中国に対する見方は、高度な技術の移転への懸念などから、一段と厳しさを増している。
この点、日本が中国との関係改善について地政学的な利益を持ち、中国に比較的柔軟に対応している現状とは対照的と言えるのではないか。
「一帯一路」に強まる反発:AIIBと「16+1」にも批判的
中国の「一帯一路」プロジェクトに基づいた投資攻勢に対するEU側の認識の変化を端的に表しているのは、今年4月にハンガリーを除くEU加盟国27カ国の在中国大使により署名されたレターだ(注1)。
このレターでは、「一帯一路」は中国の利益になるように設計され、EUが目指す自由貿易を阻害する方向に働いている、と指摘されている。
特に個別の産業レベルで考えると、高い技術を持つ先端企業に対する投資の比重が高くなっており、「技術移転により欧州の利益が損なわれる」という危惧が高まっている。
一方、中国企業による投資は当初、中国の豊富な資金を欧州の社会基盤整備プロジェクトに投下する協力者になるという期待感が欧州側にあった。
具体的な産業別にみると、以下の通りである。
(1)海運・港湾、陸運・鉄道、航空・空港のロジスティクス分野については、ギリシャ・ピレウス港のターミナル運営事業の買収のように、早い時期から取り組まれてきた。
(2)エネルギー分野では案件は少ないが、EU内では取り組みにくい原子力発電所や、南東欧の石炭火力発電所の建設に中国企業が参入する動きがある。
(3)ロボット・IoT・EVなど先端技術分野では、中国企業が豊富な資金を背景に欧州企業を買収する動きがあり、欧州企業からは技術を奪われ、さらに国際的な規格を作る主導権も奪われかねない、という懸念が生じた(注2)。
以上のような懸念を受け、欧州委員会は昨年来、EU域外企業によるEU企業の買収に対する審査(スクリーニング)を強化する動きを見せたが、中国からの投資による直接の恩恵を受ける中東欧の加盟国から反対があり、スクリーニングは各国の判断に任されることになった。
また、このレターには、2015年末にスタートしたアジアインフラ投資銀行(AIIB)についての言及がある。そこでは、AIIBの融資には世界銀行またはアジア開発銀行(ADB)との協調案件が多く、これらと同様の経験と能力を持つ欧州復興開発銀行(EBRD)及び欧州投資銀行(EIB)とも協力すべきと主張している。
この背景として、AIIB発足前の2014年春に欧州の主要国が相次いでAIIBへの参加を表明した際には、AIIBとの協調によりアジア各地のインフラプロジェクトなどの融資に参加できるのではないか、という期待があった。
しかし実際には、AIIBには、プロジェクト審査・執行を行うための十分な人員体制が整わず、世界銀行・ADBとの協調融資により当初は「安全運転」を心がけ、ノウハウ吸収に努めているという事情がある。
以上のようなEUによる反発がある一方で、中国は従来から「16+1」の枠組みにより「一帯一路」の浸透を図っている。
「16+1」とは、16の欧州の国と中国を意味する。中国がこれらの16カ国に対し、「一帯一路」のプロジェクトを協議し実現するための枠組みがこの「16+1」である。欧州側の16カ国は、中東欧のEU加盟国11カ国とバルカンのEU加盟候補国5カ国である。
中東欧のEU加盟国については、冒頭に述べた中国「一帯一路」への姿勢を批判する在中国のEU各国大使によるレターに唯一署名をしなかったハンガリーに、強権的な政治体制がEUから批判されているポーランド、「チェコのトランプ」と呼ばれる実業家出身のバビシュ首相率いるチェコなどが含まれている。
また、バルカンのEU加盟候補国5カ国については、本来であればEU加盟に向けた交渉が各国に民主化・麻薬撲滅などの取り組みに動機付けを与える。しかし、それとは関わりなく中国からこれらの国に資金供与などがなされた場合、EU加盟の動機付けが薄れてしまう可能性がある。
しかし、中東欧のEU加盟国・バルカンのEU加盟国の双方で、「一帯一路」に基づいた中国によるプロジェクトの実行段階で、中国に対し「スケジュール通りに進捗していない」「受け入れ国側の資金負担が過大になっている」等、徐々に不満が高まっていることも事実だ。
結局、中東欧の国にとっては、今後もEU加盟国として政治・経済両面のメリットを受けつつ中国からの経済的な支援も受けるという、双方からの「いい所取り」は次第に限界が見えてくることになろう(注3)。
「米中貿易戦争」が欧州・中国関係に与える影響
次に貿易面では、EUにとって中国は米国に次ぐ、第二の貿易相手国として、アンチダンピング問題を抱えつつも、最重要国として位置付けられてきた(注4)。
しかし現在、ブリューゲルのシニアフェローであるピサーニ・フェリー氏によれば、米国・中国及び「その他G7の緩やかな連合」の三者の間で、三つのゲームが進行している(注5)。
第一に、トランプ氏が「WTOによる多国間の合意枠組みを破るゲーム」である。米国の狙いは、各国との間で相対の交渉を進め、米国を中心に置いた「ハブ・アンド・スポーク」による貿易体制を作ることにある。
その理由は言うまでもなく、WTOのような多角的な貿易体制では最も立場の弱い国が保護されるためだ。一方、個別交渉によれば、先般のNAFTA再交渉で見られたように、米国は思い通りの自国生産比率を押し付けてしまう。
それでは米国に対立している欧州と中国が一枚岩かというと、そうは言えない。欧州は既に自由貿易のネットワークを持っているが、中国は自らの貿易取引量に頼るのみで、他国間の貿易の枠組みは、西洋諸国が造った過去の遺物と考えている。
第二に、「中国に規律を与えるゲーム」である。そもそも、中国はWTOで依然として発展途上国と位置付けられ、恩恵を受けている。中国は一人当たりGDPで見れば、依然9000ドル程度であること等を主張するが、中国国内の格差は大きく、非効率なセクターの背後で最先端のイノベーションが進んでいることを見逃すべきではない。
さらに、知的財産を海外から取り込むことに政府から直接・間接の補助金が出ていることなどについては、米国・欧州・日本などの間で広く意見の一致がある。
第三に、これは現在の覇権国と挑戦国の地政学的な争いと考える「巻き返し・撃退モデル」である(即ち、貿易交渉も広く安全保障の問題と関連付けて考える思考と言ってよいだろう)。
米国は「戦略的な関与(Strategic engagement)」により中国との共存を図っても割に合わず、貿易を含む全ての面で中国との「戦略的な競争(Strategic competition)を進めなければならない。欧州は現在、このゲームに参加していないが、米国と中国の対立が続いた場合、「西側の価値観」を重視し自らの安全保障のためにも、米国側につく立場を明らかにせざるを得ない。
以上が、「三つのゲーム」の概要である。この考え方によれば、三つのどのゲームが進んだ場合でも、欧州と中国との関係は改善には向かわないことになる。
欧州と日本は、上に述べた多くの点で立場を共有している。しかし欧州は、知的財産や国家補助に関する「西側の価値観」に強いこだわりを見せている点に、日本との温度差がみられるのではないか。
ドイツ:中東欧進出と技術移転への強い警戒感
個別国の動向を見ると、先ずドイツは従来から中国を最重要の貿易相手国として位置付け、政府と自動車を中心とした産業界が協力し、中国との経済関係の強化を図ってきた。
しかし今回、「一帯一路」に対し早い時期から批判的な姿勢を示してきたのはドイツである。今年2月、ドイツ貿易投資振興機関(GTAI)が、「一帯一路」のプロジェクトは、EU内で中東欧など体制の整っていない後進国を対象に取り組まれ、中国企業の利益のために行われていると中国を批判し、ドイツ国内のメディアで取り上げられた。
このようなドイツの意向が、先述の加盟国大使によるレターにつながったとみることができるのではないか。ドイツにとってみれば、「16+1」の枠組みにみられるように、自国企業が大きな力を持ってきた中東欧等の市場に、中国企業が国家の支援を受けながら参入してくることへの反発は強いものと思われる。
さらに今年8月初めには、中国企業によるドイツの工作機械メーカー、ライフェルト・メタル・スピニング社に対する買収計画について、ドイツ政府は買収を認めないことを閣議で決定した。これは先に述べた中国からの投資に対する各国レベルのスクリーニングの一環であり、ドイツの厳しい姿勢を示したものといえる。
英国:Brexitが対中関係に与える影響
最後に、2019年3月にEU離脱を控える英国と中国との関係について付言したい。
2016年6月の英国における国民投票以前、キャメロン前首相は中国とは産業・金融両面の関係強化に積極的だった。また、離脱派の根拠の一つとして「EUを離脱しても中国との関係強化による人民元ビジネスなどで補える部分が大きい」という主張があった(注6)。
しかし、キャメロン前首相と比較して、メイ首相は中国との関係強化に警戒的であるとされている。
さらに問題は、中国側からみた英国に対する見方が変化している可能性である。即ち、英国とEUのBrexit交渉が進捗せず、不透明な状況のまま、刻一刻と来年3月の離脱期限が近付くほど、金融機関・一般企業はクリフエッジという最悪の事態に備えた措置を採らざるを得なくなる。
そのため、中国から見た欧州市場への足掛かりとしての英国の魅力が低下している面がある。そうだとすれば、今後、英国とEUのBrexit交渉の急進展が見られない限り、中国がEUから離脱する英国を積極的に支援する動機付けも薄れることになるだろう。
(注1)’Belt and Road Forum-EU common messages’(Delegation of the European Union to China, 2018年4月)
(注2)「欧州における中国の『一帯一路』構想と同国の投資・プロジェクトの実像」(ジェトロ、2018年3月)。本文の産業別の分類は、同資料に依拠している。
(注3)「一帯一路」戦略による中国の東ヨーロッパ進出―「16+1」をどう見るか-(田中素香、国際貿易研究所、2018年2月)。同論文は「16+1」が中東欧各国に与える影響を、より前向きに評価している。
(注4)「中国との連携は新局面に」(林秀毅、「EUは危機を超えられるか 統合と分裂の相克」第13章、NTT出版、2016年10月)
(注5)’The global economy’s three games’(Jean Pisani-Ferry, Bruegel,Opinion, 2018年10月)
(注6)例えば「欧州解体」(ロジャー・ブートル、東洋経済新報社、2015年8月)。
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